なぜ、消えていくのか


 かつて東京都が区市町を通じて都内の樹林地所有者約800人に対し、保全に関しアンケートを行ったことがありますが、その結果には保全の難しい理由が分析されています。
①所有する樹林を今後も保全したい意志のある人は約6割(条件次第とする人がこのほか2割)あるも
 のの・・・
②一方では保全することは難しいとも考えています。その理由は、維持管理が大変さ、近隣へ落ち葉な
 ど迷惑がかかる、固定資産税や相続税の支払いが重いなどです。
 保全したいが、現実のところは様々な負担が感じられ、不安の方が大きいことがわかります。

 当会では屋敷林を所有する方々との意見交換をはじめとして、消失の要因は何にあるのか、整理のための学習を重ねました。その結果、原因は大きく以下の三つになることが明らかになりました。

屋敷林の保全を阻む三大問題

その1 屋敷林を維持保有することの難しさ

○大半は大木で隣接地に何らかの影響(落ち葉や落枝)を与えることがあるので、普段から気遣いが求
 められる(精神的負担)。
○事前に剪定などで対策を立てようとすると、通常の剪定費用では賄えない高額な費用が発生する(経
 費的負担)。
○自治体の保存樹木や保存樹林に指定されれば、年間数千円の助成金が出る場合があるが、焼け石に水
 (制度的課題)。
○維持経費を節減するために、下写真のような電柱切りと呼ばれる無謀な剪定が横行し、本来の緑の保
 全とはかけ離れてしまう(目的からの逸脱)。



その2 課税に対応する難しさ

○緑は土地に付随しているために、どうしても土地そのものの課税に対処しなければならない。敷地が
 大きいことが多いため、高額な税金に負担感を感じる人は極めて多い。緑の保全は土地にかかる税問
 題と切り離すことができず、「緑=土地=税問題」との見方もできる。
 以下、土地にかかる三税のあらまし。
○固定資産税
     課税標準額(円/㎡)×1.4%×土地の面積(㎡)

     ◆屋敷林のある住宅地は、宅地並み課税
      例えば、路線価20万円/㎡で1500㎡の土地な
      ら、固定資産130万円/年、都市計画税50万円
      /年となる。

     ◆課税標準額:地目別路線価に画地計算法を
      適用して決定
     ◆課税標準額の特例措置(都の場合)
      ①1宅地200㎡まで 課税標準額の1/6
      ②1宅地200㎡を超える部分の住宅用地
       課税標準額の1/3

○都市計画税
     課税標準額(円/㎡)×0.3%×土地の面積(㎡)-都条例による減税分

     ◆課税標準額:固定資産税に同じ
     ◆課税標準額の特例措置(23区)
      ①1宅地200㎡まで 課税標準額の1/3
      ②1宅地200㎡を超える部分の住宅用地 課税標準額の2/3
     ◆都条例による小規模宅地(200㎡まで)の減税措置(23区内)算出額の1/2

  ※上記2税(地方税)に関わる減免等、特例措置(都の場合)
     ◆災害 ◆生活困窮 ◆公益減免(土地の無償貸与など) 
     ◆特別の事情(文化財、神社敷地の個人所有など)
     ◆緑地制度による減免  ①特別緑地保全地区  固定資産税最大1/2
                 ②市民緑地制度  公共に無償貸付で固定資産・都市計画税が非                   課税
     ◆土地の公共への寄付
         (譲渡所得税非課税、土地の取得費に相当する金額を特定寄附金とする方式)
     ◆都主税局の特定保存樹林の10割減免制度(300㎡以上、自治体の保存樹林指定、無料開
      放、1年以上の実績)

○相続税
     ◆相続税の申告(納税)は被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に
      行わねばならない。
     ◆一般に相続税は高額(億単位)になる。このため、物納や延納制度が用意されているが現
      金を用意するために土地を切り売りすることも茶飯であり、結果、緑は消滅するケース
      が多い。
    
     ①基礎控除される金額
      3000万円+600万円×法定相続人の数(H27.1.1~)
      以前は5000万円+1000万円×法定相続人の数
     ②正味の遺産額
      土地建物、預金、生命保険等の財産から借入金、葬儀費用、未払い金等の債務を引いたも      の
     ③課税遺産額
      正味財産から基礎控除額を引いたもの
     ④法定相続人で按分
      例:妻1/2 長女1/4  長男1/4
     ⑤相続税総額の算出
      速算表(右表)の税率で算出  X万円

法定相続分に応ずる取得金額   税率   控除額
------------------------------------------------------
1,000万円以下         10%     -
3,000万円以下         15%    50万円
5,000万円以下         20%   200万円
1億円以下            30%   700万円
2億円以下            40%  1,700万円
3億円以下            45%  2,700万円
6億円以下            50%  4,200万円
6億円超             55%  7,200万円

     ⑥各人の相続額
      妻:X万円×1/2  
      長女: X万円×1/4
      長男: X万円×1/4
     ⑦税控除の計算
      妻:1.6億円まで控除 
      長女、長男は控除なし

 

 

  ※相続税(国税)に関わる減額制度

     ①緑地制度における減免  
      ◆特別緑地保全地区の指定
       都市緑地法による都市計画、現状凍結保全、所有者に買い取り請求権の発生
       山林及び原野については8割評価減(財産評価基本通達50-2、58-5、123-2)
       都市緑地法の管理協定を自治体と結ぶと、更に2 割評価減、8 割 4分。
       特別緑地保全地区を敷地全体にかけても、適用は屋敷林のみで居宅部分は 該当しない       。
      ◆市民緑地制度の指定
       300㎡以上、5 年契約、自治体と契約、開放が条件
       20年契約以上の場合、相続税の2 割評価減
     ②広大地補正
      ◆標準的な宅地の地積に比して著しく地積 が広大な宅地
       (都市圏では500㎡以上が 通例)
      ◆評価額=路線価×広大地補正率×当該 広大地の地積 → 半分くらいになる
     ③小規模宅地等の特例制度(H27.1.1~)
      ◆自宅用地(居住要件あり、事業用地は別基準)
       330㎡までは土地評価額の80%が減額される(これまで240㎡)
       例:土地が330㎡、公示30万円/㎡なら
         330㎡×30=9900万円(土地の評価)
         9900万円×(1-0.8)=1980万円(課税対象額)
    

3 屋敷林の価値を認めてもらうことの難しさ

 屋敷林がなぜ大事なのか、残していかないといけないのか、認知にはほど遠い現実がある。認知されなけれ賛同者も増えないし、保全策への手立ても打ちにくい。
 主張不達の考えられる要因を挙げてみると・・・
○そもそも屋敷林の存在が知られていない。
○屋敷林は個人の持ち物という旧来の見方が強いため、公益の思想が育たない。
○屋敷林は今や贅のための緑ではなく、絶滅に瀕する緑となったこと、この変化がわからない。
○屋敷林が郷土景観モデルであり、自然との共生を極めた生きた見本であることも知られていない。
○また、現代都市において屋敷林は環境機能、生物多様性、風致向上、ランドマーク、歴史文化資産、
 コミュニティガーデン、名所、環境学習の場など、多様な価値をもつことが認知されていない。
○こうした側面をあげても、屋敷林の所有者が同じ方向を共有できるとは限らない。

現実と向き合い、一歩一歩取り組む

 屋敷林の三大問題に対し、どう取り組めるかは、簡単ではありません。多少の抵抗策はあってもどれ
も素直に解決できるものではないからです。
 どれも背景には、緑は金にならず、面倒なもの、価値のないものとの根強い認識が根底に流れています。確かに換金できず、手間や金ばかりかかる、そうですよね。ですからなかなか「いいね!」にはなりません。
 それでもこの世で貴重となったものや将来に残しておきたいものは、緑にに限らず守っていくべきです。そうでないと日本の良き風景や伝統文化が壊れてしまいます。
 会では活動歴に見るように、勉強会を幾多と開催して活動の向上心を高めてきました。屋敷林所有者の方々は、これまでにない情報交換の場や知り合いを得て、心の持ちようは豊かになり、恒久保全に至る作戦も経験しました。
 やるべき事は地道で単純です。一歩一歩、実績を積み重ね、賛同の輪を少しでも広げていくことに尽きると思います。

消失する東京の緑

 東京の緑は、戦後、経済の高度成長と共に都市への人口集中が進み、住宅供給等の必要から樹林や畑が用地として供され、大幅に減少しました。昭和40年代の全国で発現した各種公害問題は、経済成長の負の遺産と言われていますが、緑の大幅な減少も実はこうした流れの一環にあります。昭和49年の東京のみどり率※は、区部29.9%、多摩部86.1%、全体(島しょを除く)では66.9%でしたが、最近10年間の推移では以下の調査結果が出ています。(出典:都環境局)
 平成15年 都全域52.4%  区部20.0%   多摩部69.8%
 平成25年 都全域50.5%  区部19.8%   多摩部67.1% 
 ※みどり率
    樹林地、草地、農地、屋上緑化等実際の緑で覆われた土地の面積に、裸地(運動場
    など)や水面を加えた面積割合で実際に緑でない分も含まれる指標 

 緑の減少は歴然としていますが、比率ではなく具体的な消失面積で計算すると、昭和49年 → 平成25年 の40年間、都全域で 178,187ha×0.164≒29,222ha 減少、これは23区の約半分の面積にあたります。また、区部でみると 62,757ha×0.101=5,338ha減少これは都心3区に新宿を合わせたほどの大きさです。知らず知らずに大変な規模の緑がなくなっていたのです。 
 大都市東京の今ある緑を俯瞰すると、都市公園の緑のほかに市街地の中にかろうじて残る小さな緑の島が見られます。これらは個人の持つ屋敷林、寺社・神社の境内の緑、研究所敷地内等の民有の緑なのです。とても小さな緑ですので、見逃してしまいそうです。